教え込むこと、導くこと。

よくスポーツ心理学の領域で言われていること。

「教えられたものは覚えているか忘れるかどっちかだが、自分で掴んだものは一生忘れない」

これはフットサルにも通じる。

教え込むのか、導いて選手自身に気づかせるのか。
このバランスが重要なのだろう。

レイナー・マートン著のスポーツ心理学の本にも、

「飢えた人に魚を与えれば、魚を食べつくした後はまた空腹になって死んでしまうけれど、魚の釣り方を教えれば一生飢えない」

こんな言葉があります。

なるほど。

と思う反面、魚の釣り方を教えたとしても、魚の食べ方を知らなければ魚は食べられない、魚の知識が無ければ毒を持っている魚を食べて死んでしまうかもしれない。

魚の釣り方を教えて一生生き抜くことを導いたはずが、息絶える可能性もある。
前提として何を教え込んでいるかという視点は必要なのでしょう。

フットサルにおいて、何を、どうやって、教えるのか、導くのか。
それを理解しなければならないということです。

選手の年代、習熟度、重要度によってもその割合は異なってくるでしょう。


全て教え込むと選手として続けていくとどこかで忘れてしまうかもしれない。
でも、自分で掴ませようとしてもそもそも掴もうとしている内容を理解していないと掴めない。

教え込むもの、導いて選手自身で掴ませるもの、それらを見極めることが指導者として求められているように感じる。



地味に頑張ります。




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